農業の役割を果たす地域コミュニティが理想社会の農業体系を構築する【山口CARP】

Peace Research Award

World CARP JAPANでは、大学生が平和な社会の実現に向けた研究を促進するためのイベントとして、Peace Research Award(以下PRA)を毎年開催しています。以下は、2023年度のPRAにエントリーされた山口CARPの研究レポートを掲載いたします。これらのレポートは、各地域の大学CARPで地域社会やグローバルな課題に取り組み、独自の視点から解決策を提案したものです。未来を担う大学生たちの問題解決に向かう努力と創造性に触れていただければと思います。

(1)はじめに

農業とはかつて、農民自らが種を採り、人力や畜力で耕し、有機的な肥料などを循環させることによって土を育てるという自律的な営みであった。その後、イギリスの産業革命を機に農薬や化学肥料、農業機械を使用することで大量生産が可能となった。1980年以降は、食と農のグローバル化により海外市場の拡大が進んでいった。現在、この地球ではすでに、120億人を養うことができるとFAOが報告している。しかし、世界人口80億人に対し7億8300万人が飢餓に直面している。農業の歴史は今、持続可能な食と農へのシステム・チェンジを模索している段階である。このような流れの中で、欧州連合(EU)は「グリーン・ディール政策」の一環として「農場から食卓へ(Farm to Fork)」戦略を推進し、環境負荷の低い持続可能な農業の普及を目指している。日本においても、スマート農業の導入が進められており、AIやロボティクスを活用した生産性向上の取り組みが増えている。これらの政策や技術革新は、将来的な食糧供給の安定と環境保全の両立を図るうえで重要な鍵となる。したがって、持続可能な食と農のあり方を探るために、理想社会における農業の役割を再考することが求められる。本稿では、農業が果たすべき主要な役割を整理し、そのうえで理想的な農業体系を構築するために、地域農業コミュニティが果たすべき役割とその意義について考察する。

(2)農業が果たすべき役割

農業は食糧供給が最も重要な本来的機能であるが、農業生産活動が行われることによって、地域の環境・生活・文化などが歴史的に築かれてきた経緯から、多様な役割をもち多くの機能を発揮してきた。ここでは、農業の役割を①食料を供給する役割②地域社会を形成・維持する役割③人間の心身を健康にする役割、の三つに大別して述べていくことにする。

2-1食糧を供給する役割

農業分野では近年、テクノロジーや遺伝子工学における発展が目覚ましい。テクノロジーとしては、温室ハウス内の温度や湿度、二酸化炭素などの栽培状況をモニタリングし、作物ごとに最適な環境を作り出す自動制御もあれば、ドローンやロボティクスを用いた圃場のモニタリングや、施肥、農薬散布といった農作業の自動化が進んでいる。また、水資源が限られた地域の多いアフリカでもハウス内で栽培ができる技術が開発されている。遺伝子工学においては、ゲノム編集技術が登場し、例えば、CRISPR-Cas9技術を活用したゲノム編集により、病害に強い小麦や、長期保存が可能なトマトが開発されている。これにより、収量の増加や食品ロスの削減が期待される。また、日本ではゲノム編集によってGABA(γ-アミノ酪酸)を多く含むトマトが市場に登場し、健康志向の高い消費者からの関心を集めている。このような技術の進展は、より持続可能な農業を実現する可能性を秘めている。農業への広い適用を考えると、病原菌に耐性を持つ作物、水をあまり必要としない作物、温度変化に強い作物など、いろいろな可能性が広がっている。こうした技術革新は省力的かつ効率的に食料を供給する役割を果たしている。さらにバイオ製剤やバイオ肥料の開発、有機農業の取り組みの拡大は、持続的な食糧供給の役割を果たすうえで重要である。

2-2地域社会を形成・維持する役割

日本で盛んな水田稲作は、単に食糧を生産するだけではなく、雨水を一時的に貯留し、洪水や土砂崩れを防ぎ、多様な生き物を育み、美しい農村の風景を生み出している。石川県輪島市では美しい棚田が世界農業遺産に認定されている。棚田は単に美しい景観を生み出すだけでなく、地域の観光資源としても重要な役割を果たしている。例えば、新潟県の「星峠の棚田」や熊本県の「白米千枚田」では、観光客の誘致が地域経済の活性化につながっている。また、棚田は伝統的な農法を継承する場としても機能し、地元の農家や都市部のボランティアが協力しながら維持・管理を行うことで、地域コミュニティの結束を強める役割を担っている。タンザニア北部では、マサイ族が何世紀にもわたって農耕牧畜システムを発展させてきた。このように高度に組織化されたシステムは、その環境、宗教、文化と強く結びつき、野生動物と共存できる持続可能性の実現を果たしている。農業はこのように地域社会の個性を形成させ、環境保全の役割を果たす。また、地域特産物の生産がその地域社会の復興につながる事例がいくつも挙がっている。

2-3人間の心身を健康にする役割

土や自然に触れ、作物を育てることで、心と身体の機能回復が期待されている。引きこもり患者が、農業の収穫作業をピークとした一連の作業活動を通して、楽しさ、爽快感、達成感を味わい、身体的・精神的な持続・集中力へとつながった。これらの効果が作業活動が持続し、作業速度の改善や、コミュニケーション能力スキルの向上に結び付いたと報告している。(中本英里,2016)西平方農業小学校を対象とした農業・農村の教育的機能の調査では、農作業をすることを通して、学習意欲が誘発され、理科的知識が深まり、また、新しい友達や親以外の大人、農家の人など、他人との触れ合いによって情操がはぐくまれ、家族のきずなが深まると報告している。(森島,2001)学習意欲誘発効果、教科教育効果、情操教育効果、家庭内交流促進効果は、人間の心身を健康にする役割を果たしているといえる。

(3)理想社会の農業体系を構築していくためには

理想社会の農業体系を構築していくためには、多様化した農業経営体が、上記で述べたような役割を認識し、果たしていく必要がある。日本で言えば、関東平野の広大な水田地帯と、四国の山あいの水田が同じ米を同じ市場向けに作ることを目指しても仕方がないということである。それぞれの地域に存在する農業の個性を理解し、それを最大限発揮していくところに理想的な食と農のシステムが築き上げられていく。その地域農業の個性を作り出し、発揮していくために、いくつかのコミュニティの構築を目指した。

一つは家族農業コミュニティである。これは、家族が所有している小規模な畑でとれた野菜を、周辺住民と分かち合うコミュニティである。ここでは新鮮な野菜を供給することができ、また地域住民とのつながりを持つことができる。山口県山口市では、こうしたコミュニティが形成され、その場で年齢・性別を問わず交流が行われていた。これは地域社会を形成・維持する役割として重要である。

二つ目は、教育分野としての農業コミュニティである。これは、農地の維持管理が難しいと感じる人や、体験農園をしたいと考えている人、子供に農業体験をしてほしいと考えている親を対象に形成する。使われていない農地を、体験農園として開園することを目指し、子供の教育と親子の交流の場を提供する。これは人間の心身を健康にする役割として重要である。

最後は、農業従事者と農業に関わったことのない学生とのコミュニティである。例えば、農林水産省が推進する「農業インターンシップ」では、都市部の学生が一定期間農村で農作業を体験し、農業の現場を学ぶ機会を提供している。また、農業大学や地域の農業法人が主催するワークショップでは、学生と農家が意見交換を行い、農業の課題や魅力について理解を深める場となっている。こうした取り組みは、次世代の農業担い手を育成するうえで重要であるといえる。これは、農業の問題や課題、大変さ、面白さ、やりがいなどを意見交換できる場である。若者が農業に触れる機会を提供し、興味関心をもつきっかけを作ることで、未来世代に伝統や知識、技術を持続させることを目指している。これは未来の食糧供給を持続可能にするうえで重要である。

こうした農業に関するコミュニティを拡大し、それぞれの地域に適した農業の形を模索することは、持続可能な食糧供給の実現に不可欠である。地域の特性に根ざした農業の発展は、単なる生産活動にとどまらず、環境保全や文化継承、社会の結束にも貢献する。未来世代により良い農業の形を引き継ぐためにも、農業コミュニティの役割はますます重要になっていくだろう。

参考文献

・平賀緑.食べ物から学ぶ世界史.岩波ジュニア新書.2021
・アンドレ・アンドニアン.マッキンゼーが読み解く食と農の未来.日本経済新聞出版.2020
・中本英里,胡柏, ひきこもり者の社会復帰と自立性向上に果たす農園芸活動の役割 -農業の医療・福祉効果に関する実験社会科学的考察―, 2016
・久松達央.農家はもっと減っていい―農家の「常識」はウソだらけ―.光文社新書.2022
・山根裕子.人類の食の特徴と食と農業の現代的課題—食糧問題の本質を考える―.2019