World CARP JAPANでは、大学生が平和な社会の実現に向けた研究を促進するためのイベントとして、Peace Research Award(以下PRA)を毎年開催しています。以下は、2023年度のPRAにエントリーされた九大CARPの研究レポートを掲載いたします。これらのレポートは、各地域の大学CARPで地域社会やグローバルな課題に取り組み、独自の視点から解決策を提案したものです。未来を担う大学生たちの問題解決に向かう努力と創造性に触れていただければと思います。
1. 問題提起
日本が抱える大きな課題の一つは少子高齢化である。総務省統計局のデータ[1]によると、総人口は、平成20年をピークに、23年以降は一貫して減少している。平成30年は65歳以上人口が0~14歳人口の2.3倍となった。また、平成27年には75歳以上人口が0~14歳人口を上回った。未婚率は男女いずれも上昇しており、25~29歳の女性の未婚率は、平成2年(40.4%)から27年(61.3%)の25年間で20.9ポイント上昇している。
人口減少は労働力不足を引き起こし、高齢化による社会保障費の増大により国の財政は苦しくなる。産業の衰退や地方の過疎化の進行など生じる問題は様々であり、人口減少を国力の低下と考えるならば国の安全保障にも悪影響をもたらす。このまま少子高齢化が進むとすれば日本の将来を希望的に考えることは出来ない。日本の少子高齢化が手遅れとなってしまう前に、その解決策や対策について複数の観点から検討する必要がある。
2. 少子化を解決するために
少子化の問題を改善するために①未婚化の対策②出生数改善について検討する。
2-1. 未婚化の対策について
未婚化の原因に共働きの増加がある。今の若い世代が目指す夫婦像は、子育て期も夫婦ともに仕事を辞めずに働き続ける両立夫婦が理想とされている[2]。このことからワークライフバランスが取れれば結婚や出産に踏み切れる人が増え、少子化の改善につながるのではないかと考えた。
福岡を例に対策を検討した。福岡は第3次産業比率が高い[3]ため、テレワーク推進が働き方改革の有用な策となりやすい。しかしいくつか課題がある。まず①テレワークに適した業務内容の選別、②テレワーク導入支援の周知、の2点を挙げる。福岡県の働き方改革推進事業ポータルサイトではテレワークの導入が奨励されているが、業務整理を行った事例などは載っていないため、その事例やテレワーク化できる業務例についても紹介する必要がある。また、③DX人材育成支援事業の周知も課題である。福岡県のHPに掲載されているDX人材育成プログラムは応募締め切りが延長されており、参加者が十分に集まっていない可能性が考えられる。テレワーク導入支援も含めて、より周知を図っていくことで参加者の増加が期待できる。
2-2. 出生数改善について
①客観的課題
子供を育てるには金銭面の負担が大きく、時間の制約が大きいと捉える人も少なくない。そこで金銭的時間的なゆとりを与える仕組みを導入することで子育をすることへのアドバンテージを与えることを提案したい。
一つ目は休日の有給取得義務である。会社側に、夫婦で有休をとらせる義務を与える。これにより家族が過ごす余暇の時間を設けることができ、日本人の働きすぎを防止する働き方改革の一環にもなるため、家庭の重要性に関する家庭教育効果も想定できる。
二つ目は年金の累進負担制の導入である。将来の生産年齢層の年金負担はとても大きくなる。年金は自分が積み立てたものが返ってくるイメージであるが、今のままでは雪だるま式に膨れ上がるだろう。一世帯当たりで年金を捉えると、子供がいる人は将来自分の年金を負担し得る主体が存在するが、子供がいない人は将来自分の年金を負担し得る主体は存在せず、一世帯当たりの将来的な年金拠出額の平準化を目指す価値はある。また、子供がいる家庭で年金の負担を減らせば、相対的に教育支援金の給付を擬制できるのではないかと考える。以下でそのシミュレーションを示す。
厚生労働省年金局による厚生年金保険・国民年金の令和5年度収支決算の概要をみると、歳入は49兆700億円である。(https://www.mhlw.go.jp/content/12501000/001282090.pdf)
令和5年度の国民年金の保険料は16,520円(令和5年4月〜令和6年3月)(https://www.nenkin.go.jp/service/kokunen/hokenryo/hensen.html)
令和2年国勢調査によると、年金保険料を支払う20歳から59歳までの人口総数と未婚数はそれぞれ下のようになる。https://www.stat.go.jp/data/kokusei/2020/kekka/pdf/outline_01.pdf(p.30)
総数 | 未婚数 | |
20−24 | 6,319,959 | 5,964,594 |
25−29 | 6,384,151 | 4,547,030 |
30−34 | 6,713,773 | 3,041,990 |
35−39 | 7,498,375 | 2,429,466 |
40−44 | 8,476,244 | 2,276,703 |
45−49 | 9,868,454 | 2,425,206 |
50−54 | 8,738,079 | 1,885,133 |
55−59 | 7,940,132 | 1,344,516 |
総数 | 61,939,167 | 23,914,638 |
これにより、年金保険料負担する人の中で未婚割合は38.6%であると分かる。
国立社会保障・人口問題研究所「現代日本の結婚と出産ー第16回出生動向基本調査(独身者調査ならびに夫婦調査)報告書」によると、婚姻している人の中で、結婚持続期間5〜9年を対象にした出生子供数の割合は、0人が12.3%である。https://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou16/JNFS16_ReportALL.pdf(P.61)
厚生労働省「国民生活基礎調査」によると、2022年の児童がいる世帯の中で、児童数が一人の割合は1人が49.3%、2人以上が50.7%である。https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/02.pdf(P.7)
年金保険料負担区分を4段階(未婚/夫婦のみ家族/1人っ子家族/2人以上の子供がいる家族)に分けると、割合は以下である。
未婚:38.6%
夫婦のみ家族:(1-0.386)×0.123×100=7.6%
一人っ子家族:(1-0.386-0.076)×0.493×100=26.5%
2人以上の子供がいる家族:(1-0.386-0.076)×0.503×100=27.3%
結婚していない人を2倍、結婚しているが子供がいない人を1.6倍、子供が一人いる人を0.7倍、子供が二人以上いる人を0.3倍として計算した。
A. 未婚(2倍)→ 49兆700億円×0.386×2=37兆8820億円
B. 夫婦のみ(1.6倍)→ 49兆700億円×0.076×1.6=5兆9669億円
C. 一人っ子家族(0.7倍)→ 49兆700億円×0.265×0.7=9兆1024億円
D. 2人以上子供がいる家族(0.3倍)→ 49兆700億円×0.273×0.3=4兆188億円
これら(A+B+C+D)を足すと、年金保険金の徴収額予想の合計は56兆9701億円となり、7兆9001億円ほど黒字を創出できる計算になる。これにより算出された余剰である約7兆9,001億円は、他の社会福祉政策に活用する余地が生まれる。例えば、子育て世帯へのさらなる経済的支援や、保育所・学校教育の充実、さらには働き方改革を推進するためのインフラ整備に振り向けることができる。このような再配分により、少子化対策全般にわたる効果を一層高めることが期待される。
なお、この計算式はあくまでも正確なものとは言えず、簡略化や前提条件に基づいた概算に過ぎない。しかし、概算を把握することによって、政策の大まかな影響や可能性を検討する上で有効な手段であると言える。これをもとに、さらなる精密なシミュレーションや検討を進めることが求められる。
②主観的課題
出生数は制度の充実だけでは改善できるとは一概に言い切れない。個人の自己肯定感を高める取り組みも重要である[4]。自己肯定感により子供を持つことに対する自信や喜びが育まれ、積極的な出産意欲が促される。少子化問題に対する取り組みの成功には、個人の意識改革も重要な要素となる。
3. 高齢化と共生するために
高齢化の問題点として労働力の不足が挙げられる。以下で①外国人労働者の雇用②高齢者の雇用拡大の2点で検討する。
3-1. 外国人労働者の雇用
特定技能枠の追加など制度緩和が進む中、低賃金・昇進難の問題や帰国による経済への打撃が課題とされる。実際に30代の非正規雇用者と比較した場合、明らかに特定技能・技能実習の外国人労働者は賃金が低く[5]、100万人の外国人労働者が帰国した(減少した)場合に5年間で実質GDPが約4%、雇用者報酬が約5%の減少が見込まれる[6]。外国人就労問題で一定の成功を収める韓国では雇用許可制や熟練技能ビザの導入、外国人の単純労働者を対象にしたワンストップ支援センターの設立が取り組みとして挙げられる。熟練技能ビザでは年収、資産、語学能力、納税等から点数化してビザを発給し、家族の呼び寄せを可能とする。外国人の単純労働者を対象にしたワンストップ支援センターの設立は日本が全国で3カ所に対し、韓国は9カ所存在している[7]。
このことから、ビザ・永住権等の規制緩和と賃金増加や家族の受入れによって帰国数を減少させ、語学力及び労働のサポート体制を拡充することが重要だと考える。
3-2. 高齢者の雇用拡大
高齢者雇用を促進していくためには、企業における 65 歳以降の継続雇用、高年齢者のキャリアチェンジ、能力開発などが重要である。そのためには高年齢者の健康確保措置や雇用管理の構築、高齢期に入る前からのキャリアの検討が必要となる[8]。ここでは高年齢者のキャリアチェンジ、能力開発に焦点を当てる。その中でもシニア起業に着目したい。
定年後のキャリアを見据えたシニア起業のメリットは高齢者ならではの経験や知見が活かせることにある。しかし、日本は世界的に見ても起業しにくい国であるため、起業家を支えるセーフティーネットを充実させることが重要である。
注目したいセーフティーネットは経済的・社会的セーフティーネットの二つである。経済的セーフティーネットとしては失敗した時に補助を受けられる制度を充実させたい。また、日本の社会的セーフティーネットの課題は、起業後の再就職難や経済的損失が抑制力となり、起業に踏み切りにくいことである[9]。集団の利益に反する行動を妨げるしくみや文化・規範に疑問意識をもち、起業経験のある人材を積極的に採用することが必要になる。
4. 結論
少子化の対策としてワークライフバランスの向上により結婚することへのハードルを下げ、金銭的時間的なアドバンテージを公的に給付すると同時に国民の内面的な意識改革をすることで出産へのハードルを下げることを提案する。
高齢化によって起こりうる労働力不足の問題には、外国人労働者に対して働きやすくこれからも居続けたいと思える労働環境を提供し、帰国リスクを下げる政策が必要である。また、高齢者が長年培ってきた経験や知見を活かしたシニア企業を提案したい。
5. 引用文献
[1] 総務省統計局、統計トピックスNo.119 統計が語る平成のあゆみ、https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1191.html(2023年12月19日確認)
[2] ニッセイ基礎研究所、【少子化社会データ詳説】日本の未婚化を正しく解釈する-若者の希望と違った応援議論はなぜおこるのか、https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=76059?pno=2&site=nli(2023年12月19日確認)
[3] 福岡アジア都市研究所、Fukuoka Growth リアル、https://urc.or.jp/fukuoka-growth-real(2023年12月19日確認)
[4] ビッグローブ株式会社、「将来、子どもがほしくない」Z世代の約5割BIGLOBEが「子育てに関するZ世代の意識調査」を実施、https://www.biglobe.co.jp/pressroom/info/2023/02/230221-1(2023年12月19日確認)
[5] 厚生労働省、外国人労働者の在留資格区分別賃金及び対前年増減率、08.pdf (mhlw.go.jp) (2023年12月19日確認)
[6] 山内 一宏、外国人労働者の我が国経済への影響 ―外国人との共生社会に向けて―、外国人労働者の我が国経済への影響 (sangiin.go.jp)(2023年12月19日確認)
[7] 澤田 克己、日本より進んでいる韓国の外国人労働者政策を知る、https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20230421/se1/00m/020/001000d(2023年12月19日確認)
[8] 田原 孝明、労働政策研究・研修機構(JILPT)日本の高年齢者雇用の現状と課題 各種調査結果から、https://www.jil.go.jp/foreign/report/2017/pdf/17-02_06.pdf(2023年12月19日確認)
[9] 細谷 元、日本がシリコンバレーのようにはなれない決定的な理由──起業家を支える「セーフティーネットの欠如」、https://www.fastgrow.jp/articles/safety-net-for-entrepreneur (2023年12月19日確認)
6. 参考文献
首相官邸HP、子ども子育て政策、https://www.kantei.go.jp/jp/headline/seisaku_kishida/kosodate.html(2023年12月19日確認)
DIAMOND ONLINE、日本より閉鎖的?韓国で急増する外国人労働者を街中で見かけない裏事情、https://diamond.jp/articles/-/324935(2023年12月19日確認)
厚生労働省、外国人雇用対策 Employment Policy for Foreign Workers、https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/gaikokujin/index.html(2023年12月19日確認)
独立行政法人労働政策研究・研修機構、諸外国の外国人労働者受入制度(アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、オランダ、オーストラリア、韓国、EU)https://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2022/special/no.249.html(2023年12月19日確認)
佐野孝治、外国人労働者受入れ政策の日韓比較 : 単純技能労働者を中心に (特集 外国人労働者の受け入れ : 日韓比較に向けて)、九州大学学術情報リポジトリ、https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/4738331/17_p003.pdf(2023年12月19日確認)