World CARP JAPANでは、大学生が平和な社会の実現に向けた研究を促進するためのイベントとして、Peace Research Award(以下PRA)を毎年開催しています。以下は、2023年度のPRAにエントリーされた京大CARPの研究レポートを掲載いたします。これらのレポートは、各地域の大学CARPで地域社会やグローバルな課題に取り組み、独自の視点から解決策を提案したものです。未来を担う大学生たちの問題解決に向かう努力と創造性に触れていただければと思います。
1、はじめに
京町家は、1950年以前につくられた伝統的な木造建築物のことを言い、京都の歴史・文化の象徴となっている。しかし京都市の歴史的景観を生み出している既存京町家の消失という問題が深刻化し始め、平成12年に京都市が「京町家再生プラン」を策定するなど、この状況を受けて京町家の保全・再生に向けた取り組みを展開してきた。平成28年度には「京都市京町家保全・活用委員会」が設置され、京町家の保全及び活用に向けた審議が行われた。この委員会の答申をもとに平成29年11月「京都市京町家の保全及び継承に関する条例」(京町家条例)が制定された。その後平成30年にはこの条例をもとに「京都市京町家保全・継承審議会」が設置され、その審議を踏まえて「京町家保全・継承推進計画」が2019年に策定された。そして現在もこうした施策やさまざまな取り組みが行われているが、依然として京町家の保全・継承は難しい状況にある。このままでは、日本の伝統と歴史を後世に伝える重要な財産が廃棄されていってしまう。そこで京都市による京町家に関する取り組みの現状や課題点を分析した。今後もさらに京町家の保全・継承を促進するために必要なことを結果として論ずる。
2、京町家保全・継承に向けた規則・仕組みづくり
京都市は京町家の保全・継承に向けて様々な規則やシステムを打ち出してきた。ここでは、4つの施策とそれらの概要を記す。
(1)京町家条例について
京町家条例とは「京町家の保全及び継承に関し、その基本理念を定め、並びに本市、京町家の所有者、管理者等及び事業者の責務並びに市民等、自治組織及び市民活動団体等の多様な主体の役割を明らかにするとともに、京町家の保全及び継承に関する施策その他必要な事項を定めることにより、京町家を保全し、及び将来の世代に継承するため」京都市が平成29年11月に制定したもの。
以下では、条例の骨子について紹介する。
ア.京町家条例の基本理念(第 3 条~第 9 条)
京町家条例の基本理念として、京町家の所有者だけでなく、使用者や事業者、市民活動団体、市民、行政等、多様な主体が連携して京町家の保全・継承に取り組むことを規定している。
イ.京町家の定義(第 2 条第 1 号)
京町家の定義を次のとおり定めている(図)
ウ.京町家保全・継承推進計画(第 11 条)
京町家の保全及び継承に関する施策を総合的かつ計画的に実施するため、京町家の保全及び継承の推進に関する計画を定めることを規定している。
エ.基本的施策(第 12 条)
京町家の保全及び継承を図るため、市が重点的かつ効果的に行うべき施策を規定している。
オ.京町家の保全・継承に係る協議の申出(第 15 条)
所有者は、市長に対し、本人が所有する京町家の保全及び継承に係る協議を求めることができることを規定している。
カ.京町家保全重点取組地区及び重要京町家の指定(第 16 条・第 17 条)
・京町家が集積しており、趣のある町並み又は個性豊かで洗練された生活文化の保全及び継承を図るうえで特に重要な地域を、京町家保全重点取組地区として指定することができることを規定している(地区指定)。
・趣のある町並み又は個性豊かで洗練された生活文化の保全及び継承を図るうえで特に重要な京町家を、重要京町家として指定することができることを規定している(個別指定)。
キ.解体の事前届出制度(第 19 条)
個別指定及び指定地区内の京町家は、原則として、解体に着手する日の 1 年前までに、その旨を市長に届け出なければならない旨、及び関連する事項について規定している。
ク.解体工事業者の確認等(第 20 条)
解体工事業者の責務として、所有者等への確認、請負契約締結時の市長への通知等について規定している。
ケ.勧告及び公表(第 21 条)
解体工事業者が規定に違反した場合の勧告及び勧告に従わないときの公表について規定している。
コ.京町家保全・継承審議会(第 22 条)
京町家保全・継承推進計画の策定並びに指定地区及び個別指定京町家の指定その他この条例の施行に関する重要事項について、市長の諮問に応じ、調査し、及び審議するとともに、当該事項について市長に対し、意見を述べるため、京都市京町家保全・継承審議会を置くことを規定している。
サ.調査、報告の徴収等(第 27 条)
市長はこの条例の施行に必要な限度において、調査を行い、又は報告を求めることができることを規定している。
シ.過料(第 29 条)
条例に違反して、届出をしないで、又は虚偽の申出をして、個別指定京町家を解体した者及び届出から 1 年未満に個別指定京町家を解体した者は、50,000 円以下の過料に処することを規定している。
(2)京町家計画について
京町家条例第22条の規定に基づき、「京都市京町家保全・継承計画」(以下、「京町家計画」)の策定に向けて、平成30年2月、附属機関として、京都市京町家保全・継承審議会(以下、「審議会」)を設置した。審議会における計6回の審議を経て、京町家計画の答申案がまとめられ、市民の意見も踏まえたうえで平成31年2月に、京町家計画を策定した。
1)基本的な考え方
京町家の保全・継承に向けた基本的な考え方として次の2点を掲げている。
①不動産流通市場の積極的な活用
条例の制定・施行により、京町家所有者は市に対して、所有する京町家の保全・継承に関する協議を申し出ることが可能となり、また、取壊しを含めた処分を検討する際は、早い段階で市に届け出なければいけない。このことにより様々な支援を受けやすくし、京町家の活用方法について幅広い選択肢を示し、京町家の保全・継承に繋げていく仕組みをつくった。この仕組みを有効に機能させるためには、京町家の不動産流通市場における流通を促進する必要があり、不動産流通市場の環境整備を推進する必要がある。
②地域の役割の重視
京町家がある地域において、その地域の生活文化の保全・継承に向けたまちづくり活動が活性化することは、京町家所有者や地域住民の意識の醸成や、京町家の取壊しの回避、流通の促進に繋がるものであるため、こうした自治組織や市民活動団体の活動に対して支援することが必要である。
2)具体的な取り組み
◯京町家の保全及び継承を阻害する要因に対応した施策
①意識の醸成
・京町家に関する様々な情報の効果的な伝達
・京町家に関する相談員制度の改善、事業者団体と連携した相談体制の充実
・京町家の生活文化等に関する教育研修プログラムの作成や学習の機会の創出
②維持修繕及び改修の推進
・京町家の改修等に対する助成制度の創設、充実等
・京町家の改修等における資金調達の円滑化
・市民活動団体等の取組に関する情報を利用しやすい環境の整備
・京都市歴史的建築物の保存及び活用に関する条例を活用した建築基準法の適用除外制度の周知等
・京町家改修マニュアル等による改修事例の普及
③継承及び流通の促進
・京町家マッチング制度の整備・運用
・市の介在する京町家の賃貸モデル事業
・相続に関する相談体制の充実
◯ 取組の効果を高める施策
④改修等に関する技術・技能の継承の推進
・専門家育成に関する講座の開催
・建具等の再利用に関する情報発信の充実
⑤自治組織、市民活動団体等の取組の促進
・京町家の保全・継承に向けたまちづくり活動の支援
・京町家の保全・継承に意欲的な地区や京町家の指定
⑥各主体の連携・協力の推進に向けた交流の促進
・他都市との連携の推進
⑦その他の取組
・京町家と認められる新築等の住宅のあり方及び誘導策の検討
また、京町家の保全・継承の取り組みは他の様々な行政分野の政策に関連するため、各分野と連携して進める必要がある。また、京町家の保全・継承と他の分野の課題解決に相乗効果を発揮できるようにすることも重要であるため、関連する政策分野と連携して取り組みを進める。
計画面では京町家の状況を把握するため、定期的な調査(概ね5年ごと)を実施し、取組の効果について把握することとなっている。
(3)京町家の指定制度(地区指定及び個別指定)について
京町家条例第22条に基づき、京町家計画の策定並びに京町家条例第16条に規定する「京町家保全重点取組地区(以下、「指定地区」という。)」及び第17条に規定する「重要京町家(以下、「個別指定京町家」という。)」の指定に際して審議会を設置した。
京町家条例では、「趣のある町並み」又は「個性豊かで洗練された生活文化」の保全及び継承を効果的に進めるため、地域や個別の京町家を京都市が指定し、指定を受けた地区内の京町家や個別に指定を受けた京町家については、解体に着手する 1 年前までの京都市への届出を義務付けるとともに、様々な支援を行っていくことを規定している。
この制度は、解体を強制的に禁止するといった所有権の制限ではなく、あくまで活用方法などを提供するものである。それゆえ、所有者が適切な維持管理や改修、活用を促進することができるようにある程度の支援は必要であると考えられる。今後は所有者に対する義務と支援のバランスをとっていくことが必要である。
(4)京町家の解体事前届出制度について
京町家条例では、京町家の解体の危機を早期に把握し、解体以外の選択肢を広く示すことで、京町家の保全・継承に繋げていくため、解体の事前届出制度を設けている。京町家条例に基づく個別指定及び指定地区内の京町家には、解体に着手する 1 年前までの届出を義務付け、それ以外の京町家には、解体着手前の届出を求めている。そして、京町家マッチング制度などの利用によって、京町家を保全・継承いただくよう働きかけている。
3、京町家保全・継承のための具体的な施策
(1)京町家マッチング制度
相談・協議・解体の届出等がされた京町家について活用方法の提案等を行うことによる「京町家の保全及び継承に繋げる仕組み」
①利用状況
令和3年度の調査によると、京町家マッチング制度の利用件数は31件。このうち解体届が出されているものは9件だった。また、保全に至った5件のうちマッチングが成立したものは3件。別事業で活用に至ったものが1件、別ルートで借り手が見つかったものが1件。
②今後の方針
基本的には、解体相談や解体届が出されたときに、京町家マッチング制度の利用を案内しているが、不動産事業者等からの問い合わせや他課からの情報提供等により解体直前に解体の危機にあることを把握することが多く、まだ利用が少ない現状がある。また、まだマッチングの成立も少ない状況にある。京都市がもっと早い段階から所有者に京町家の保全・継承に向けた働きかけができるように本制度の更なる周知を図ることが必要である。
(2)京町家の助成制度
京町家条例の第12条により、京町家の保全及び継承を図るために「京町家の維持管理、修繕及び改修の支援」を京都市が行わなければならないと規定している。
①実績
平成30年度は7件、令和元年は24件、令和2年度は87件に補助を行った。
令和元年度までは、景観に関する制度ですでに指定されていいた地区が多く、景観の補助制度をすでに活用していたものが多かったため、補助実績は少なかったが、戸別ポスティングなど補助金制度の周知効果等により、申請が多くなっている。
②今後の方針
1)個別指定及び地区指定の拡大や制度の周知によって、申請が増加している一方、 年度途中で予算額に達し、受付を終了している状況にあることから、京都市の厳しい財政状況の中、補助金が必要な人に幅広く補助金が行きわたるように、補助対象の変更を行うなど、 補助制度の精査が必要となっている。
2)一部の所有者や事業者には、補助制度が認知されてきているが、まだ広く認知されていない状況にあるため、戸別ポスティング等での周知を図っていく必要がある。
(3)京町家賃貸モデル事業
京町家計画の具体的な取り組みとして掲げられている「市の介在する京町家の賃貸モデル事業」にあたる。この事業は、京町家ストックの改良及び活用を促進するとともに、居住者に京町家の生活文化を体験してもらうことによって、京町家の魅力発信、生活文化の継承はもとより、担い手の育成を行うことを目的にしており、京都市が所有者から固定資産税及び都市計画税相当額で京町家を借上げ、これを公募により選定した事業者に転貸し、事業者の負担により活用に必要となる改修や維持管理、入居者の募集等を行ってもらい、将来の京町家の担い手に住まいとして賃貸するものである。
①実績
令和2年度に、所有者から活用依頼をいただいた京町家の活用事業者を公募のうえ選定し、令和3年7月にオフィス付住宅として再生された。この京町家は、東京のIT系企業のサテライトオフィス兼代表者の住まいとして活用されることになり、同年8月中旬から運用を開始している。
②今後の方針
今後もさらに民間活力により推進されていくことを目指している。そのためにも、事例を幅広く発信することが重要である。
一方で、京町家所有者から活用の相談を受けた際、このモデル事業を紹介しているが、京町家所有者の賃貸借期間中の収入が固定資産税及び都市計画税相当額と低廉となることがネックとなり、このモデル事業を利用される京町家所有者が見つからない状況にある。引き続き、活用事業者の負担によって京町家が改修され、賃貸借期間満了後は、活用できる状態となった京町家が無償で返還されることなど、このモデル事業による京町家所有者のメリットを発信することで、次の好事例となるような京町家の掘り起こしを行っていく方針である。
(4)新築等京町家
京町家の継承という面において、京町家の知恵、京町家と認められる新築等の住宅の在り方、その誘導策が検討されている。その一環として令和2年3月に、京町家の知恵をいかした住宅(新町家)を建てるための考え方や設計事例についてまとめたガイドブック「新町家のすすめ」を発行している。
また、京都市が新町家を普及する趣旨に賛同し、その建築や普及啓発に取り組む「新町家パートナー事業者」を募集している。
〇今後の方針
引き続き、多くの事業者に新町家パートナー事業者に応募してもらえるように京都市のホームページなどを用いて周知を図る。
4、未来の京町家保全・継承のために
最後に、今後も京町家の保全・継承を進めていく上で今後検討が必要な事項をまとめる。
(1)京町家に対する調査について
京町家問題を今後も進めていく上で、状況の把握や政策を評価、立案することになるが。そのためには定期的な調査が必要になる。京都市では約5年ごとに調査することになっているが、従来のボランティアに依存したアナログ的調査方法では限界がある。京町家の数や状況をデータ化し、様々な申請や実績を記録し、簡単に把握できるようにするデジタルシステムが必要である。
(2)京町家の魅力的な活用事例を増やす
京都市の現在の施策や取り組みを見ていくと、今後も京町家の利用価値や魅力をより大勢に周知するための取り組みが必要であることが分かる。そこで、京町家の価値や魅力を発信するため更に人々の関心を得るような活用事例の造成と周知が必要である。
そこで一つの提案が京町家の無料休憩施設としての解放である。現在京都市では歴史的な建造物や多くの店、施設が立ち並び、観光客はさまざまな目的地に向かって道路を歩いていく。京都の町並みや雰囲気を味わいたいという観光客は多い。また道も狭いため、多くの観光客が徒歩もしくは二輪車などで移動することが多い。しかし、目的地に到着するまでの道のりにはゆっくり座って休憩する場所は少ない。もちろん、休憩のできるカフェや店舗はあるが、休憩にお金がかかる場合、何度も休憩するわけにも行かず、目的地までの道中にあるカフェやレストランのほとんどを、利用することなく通り過ぎる。そこで目的地の間の移動時間が長いことも多く、行き来するだけで疲れてしまう。また、目的地に着くまでは道路を歩くしかない観光客が道路にあふれかえっている。そこで、既存、もしくは空き家となった京町家を休憩所として無料開放すれば、観光客が京町家に自然と入っていく流れが出来る。また同時に、京町家の価値や魅力に大勢の人が触れやすくなる。運営面や経済面での検討事項は多いとおもわれるが、京町家賃貸モデル事業などを用い、京都市と各事業体が協力することが必要である。そうすることで京町家の新たな活用事例を生み、多くの人が京町家に触れて魅力を知れる機会を増やすことにつながる。
〈参考文献〉
1)「京町家の保全・継承に向けた動向調査」(公益財団法人 アーバンハウジング)
2)京町家の保全及び継承に向けた今後の方向性について(答申) 平成29年5月 京都市京町家保全・活用委員会(https://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/page/0000218976.html)
3)京都市京町家保全・活用委員会(https://www.city.kyoto.lg.jp/tokei/page/0000212861.html)
4)京都市京町家保全・継承推進計画(https://kyomachiya.city.kyoto.lg.jp/wp-content/uploads/2021/11/keikaku.pdf)
5)京都市京町家の保全及び継承に関する条例に基づく指定地区及び個別指定京町家(https://kyomachiya.city.kyoto.lg.jp/sitei/)
6)京都市京町家の保全及び継承に関する条例について(https://kyomachiya.city.kyoto.lg.jp/about/)