World CARP JAPANでは、大学生が平和な社会の実現に向けた研究を促進するためのイベントとして、Peace Research Award(以下PRA)を毎年開催しています。以下は、2023年度のPRAにエントリーされた北海道CARPの研究レポートを掲載いたします。これらのレポートは、各地域の大学CARPで地域社会やグローバルな課題に取り組み、独自の視点から解決策を提案したものです。未来を担う大学生たちの問題解決に向かう努力と創造性に触れていただければと思います。
1.現在の北海道における社会問題
2023年12月1日に行われた、「現代用語の基礎知識」選2023ユーキャン新語・流行語大賞にて「OSO18/アーバン・ベア」という言葉がTOP10に選ばれた。「OSO18」とは、道東で放牧中の牛を次々と襲ったヒグマの名称である。今年8月に駆除されるまでの4年間で66頭の牛が被害にあい、多額の損失と、人々に衝撃を与えた。共に選ばれた「アーバン・ベア」は都市部や市街地に生息するクマのことを指し、食べ物や、他のクマと接触しない安全な生息地を求め、森林地帯を離れて住みつき、「ひとなれ」していることが特徴である。そしてこのアーバン・ベアの中には、人間までも捕食する個体が現れ、その無残なニュースが度々報道されている。ここでは、現代の北海道における社会問題の一つに挙げられるアーバン・ベアについて取り扱っていきながら、人間とクマとの共存について述べていこうと思う。
2.アーバン・ベアの背景
クマによる農林業被害や人に被害を及ぼすというアーバン・ベアという問題が話題になってしまう悲しい現実がある。しかし、本来クマは森林地帯に生息し、警戒心の強い野生の動物であるため、人間の生活圏に近づくことはない。それにもかかわらず、なぜこのような事態が起こったのであろうか。考えられる原因に共通する背景には、人間のクマに対する管理不足があり、大きく分けて三つの原因があると考えられる。
第一に、狩猟による個体数の管理不足である。北海道では、過去にもヒグマによる人身や家畜、農作物の被害が甚大であったことから、1966年に狩猟によるヒグマの捕獲を行う春グマ駆除制度が開始された。1960年代にピークを迎え、絶滅の恐れがおるほどまで頭数が減ったことにより、1990年には春グマ駆除制度は廃止された。
一方、狩猟のピーク時にはヒグマによる農業被害は50万未満と少額であるのに対し、ヒグマの捕獲頭数が下がるにつれ、農業被害は増加し、現在では2億6000万もの損失があるといわれている。盛んに狩猟されていた時期は絶滅が心配されるほどまで個体数が減少したが、極端に狩猟をやらなくなってしまったことで、ヒグマは増えすぎてしまい、人々の生活が侵害されるほどまでになってしまったのである。これより、ヒグマを適切な個体数に保つことができるように人間が管理することが重要なのである。

出典:北海道新聞(2022)
第二に、土地の管理不足にある。近年では耕作放棄地や空き家など、管理者がいない土地が増えている。人が管理しなくなった土地では雑草が生えきってしまい、クマが身を隠しやすい場所が出来上がる。市街地にクマの居場所があることにより、クマと人の接点が増え、クマが「ひとなれ」してしまう原因になる。特に耕作放棄地の場合、離農した際に残ってしまった野菜や牧草、木の実などクマの嗜好物が放置された状態になるため、クマはエサを求めて耕作放棄地に通うようになり、必然的に近隣住民との距離も近くなってしまうのである。
第三に、人々の都市集中にある。クマが市街地に出没する多くは札幌である。札幌は人口が増え続けているが、人の増加によって土地の拡大が迫られ、森林地帯を切り開くことで補ってきた。その結果、市街地と森林地帯が隣接するようになってしまった。クマにとっては森林が続いている中にいきなり市街地が現れるようになってしまったのである。
3.人間にとってのクマとは
ヒグマの個体数増加は人間の生活に支障をきたしてしまうが、クマとの共存は人間にどのような利点があるのか?以下にクマを保護すべき理由を挙げていく。
一つは、クマには森や自然の多様性を守る役割がある。野生動物は皆、豊かな自然がないと生きていけない。動植物は強いもの、弱いものという関係だけでなく、植物も含めて、色々な関わりを持ちながら生活し、バランスのとれた生態系を作っている。クマは樹木や草本の種子散布者としての役割や、サケを捕食し、食べ残りや体内で消化されて出てきたフンを貴重な栄養素として森に運び、最終的は海にまで栄養循環をさせる担い手となっている。海の窒素源を自然に与える大事な役割をクマが担うことで、自然の豊かさが保たれているのである。
もう一つは、クマが持つ魅力や価値は人間に精神的豊かさを与える。山や森に行った際の、クマの足跡や木登りの痕、食痕は森にこんなにも大きな生物がいるのかと、高揚感をと喜びを与えてくれる。
4.クマとの共存に必要なこと
クマと人間の共存を考えるうえで、どちらの生活も安全が保障されたものにならなければならない。クマとの共存には、二つのポイントが必要になるのではないかと考えた。
一つ目は、人間の生活圏とクマの生活圏との間に「境界線」を作るということである。人間には市街地、クマには森林地帯という決められた場所がある。互いがその位置からはみ出してしまうことで、土地を奪い合うように対立し、共存が難しくなってしまった。そのため、決められた定位置でそれぞれの生活を保つことが大切になる。意思疎通が難しいクマには、市街地と森林地帯の間に作るグレーゾーンを通じて、その「境界線」となる場所を教えていきたい。グレーゾーンとは、里山のような場所をイメージすると分かりやすいだろう。草刈りや林業といった人の手が加わり、人の出入りが頻繁にある郊外を作ることでクマが身を隠せない場所となり、「ここから先は人が住む場所か」とクマに人の存在を認知してもらう。
二つ目は、私たち人間がクマの魅力や実態を知ることである。クマは怖さだけではなく、かわいい、かっこいい、面白い一面があり、ユーモアある行動をとる。そうした多くの魅力を人々に知ってもらうことで、共存したいという想いを誘発させる。さらに、クマの生態やクマ問題に興味を持ち、一人一人が知識を深めることを通してクマとの共存に必要なものが常識となり、習慣となっていく必要がある。
たとえば「クマが冬眠から目覚める春は、山菜採りや山登りで森に入るときには十分なヒグマ避けと遭遇時の対処のための知識や装備を整える」、「繁殖期である初夏は、親元を離れ分散してくる若グマや子連れのクマの出没に気をつけながら、市街地侵入が予想される場所では地域ぐるみの草刈り活動や広域電気柵の設置を始める」、「端境期である晩夏には、家庭菜園や農地では侵入防止の電気柵の設置を、また家庭では生ゴミやペットフードなどの誘因除去を行う」などが挙げられる。そのような習慣が身につくことで、私たちはつねに身近なヒグマと向き合いながら、良好な関係を築いていけるのではないだろうかと考える。
5.クマとの理想的な関係を目指して
クマとの共存の達成には私たち人間が役割を担っていくことが必要である。
しかし、その役割分担は、人間側のメリットが伴わなければ、多くの人への周知と継続は難しくなる。そこで、クマの共存のための郊外造りに参加型の観光を提案する。
北海道には年間2000万人もの観光客が訪れているが、そのほとんどが北海道にある個性豊かな泉質や、季節によって異なる雄大な自然の眺望を求めてやってくる。観光業に強い北海道の魅力を生かし、自然や温泉と、草むしり及びクマの勉強を掛け合わせた観光プランを企画する。現代の観光には、見て楽しむだけではなく、サステナブルツーリズムやレスポンシブルツーリズムといった自分たちも自然の保護管理に関与し、自然界にとって自分がプラスの存在になっていくことに需要が出ている。そこで、市街地と森林地帯の間に必要な「境界線」作りのための草むしりをやってもらうことに加え、森の中を探索しながら、クマの痕跡や行動生態をガイドに説明してもらうツアーを行い、最後には名所の温泉に浸かって疲れた体を癒してもらうプランを考えた。このプランによって、北海道の魅力を堪能しながら、クマの生態について学ぶこともでき、定期的に空き地の管理のコストを抑えて行うことが可能であると思われる。
この企画を、温泉街で景観もよく、観光客が毎年訪れる場所でありながらもクマの出没が後を絶たない地である、札幌市の定山挟にて展開する。
そのプランで得た収益の一部分をクマとの共存支援に当て、ヒグマの研究活動及び、個体数管理をするための狩猟を活発化させる。また、観光客のみならず、地元の学校の宿泊研修や環境教育にもその企画を割り当て、クマとのよりよい関係作りの感性を幼いうちから養い、人間とクマの生活圏の間に「境界線」を作る習慣を身に着けてもらう。クマが山にいる生活を当たり前と思い、共存していくことができる社会を築いていきたい。
【参考文献】
佐藤喜和(2021)『アーバン・ベア となりのヒグマと向き合う』 東京大学出版会
田中敦夫(2020)『獣害列島 増えすぎた日本の野生動物たち』 イースト新書
高槻成紀(2013)『野生動物と共存できるのか 保全生態学入門』 岩波ジュニア新書