【コラム】法整備と人間としての教育

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今回は、本部若手スタッフのTさんによるコラムをお届けします。

 


 

昨年の東日本大震災以降、通勤・通学で自転車を利用する人が増えてきています。私もよく自転車を利用しますが、都内では車道を基本として走らなければならないので、国道を走行する際は非常に注意が必要です。車道に路駐している車が多いため、トラックやバスに注意しないと大事故につながってしまいます。そんな状況なのに、平然と赤信号を無視する気ままな運転、イヤホンで音楽を聴いたりしながら運転する人が後を絶たないという現状があります。

自転車の為の免許制度や保険制度は徐々に広まりつつありますが、強制ではなく任意となっています。傍若無人な人が増えてきているところから法整備を行い義務化にした方がいいのではないかという声も上がっています。

 

これは自転車の制度に関する内容ですが、いわゆる社会の問題を「法整備」によって解決しようとする考え方です。

しかし、どのような問題にしても、法整備をするだけで問題が解決するほど簡単なものではありません。

チームリーダーの教科書(藤巻 幸夫 著)に表面的問題を解決しても、根っことなっている問題を解決しなければ、本当の意味で解決されないとあるように、根本的問題を解決していかなればならないのではないかと私は考えます。)

 

このような内容を「統一原理」の観点から考えてみたいと思います。

 

「原理講論 第五節 自由と堕落 (一) 自由の原理的意義」に自由の三原則を見てみましょう。

 

第一 原理を離れた自由はない。

第二 責任のない自由はあり得ない。

第三 実績のない自由はない。

 

第一の内容について考えてみます。宇宙を見ると周期的に規則正しく星は動いています。それと同じように、私たち人間の本心も相手の為に生きるという心を原則としてもっています。逆に言いますと個人の利益の為だけに動こうとする人を批判する心をもっています。ゆえに人間として自由に生きるということは、個人の為に生きるのではなく、相手の為に生きることが、自由ということです。

 

第二の内容について考えてみます。東京電力福島原発の事件の時もそうですが、原発を作るのは自由です。しかし、そこには責任が伴います。原発再稼働問題もありますが、責任あってこその行動です。無責任な行動は失敗したときに責任の擦り付け合いになり、見苦しく子供染みたものになります。責任をもってこそ、大人です。そういった意味でも、責任のない自由はあり得ないと言えます。

 

第三の内容は、社会的にいえば実績は顧客満足度と言えるでしょう。各企業は顧客満足度を上げる工夫をしています。これを怠る企業は、いずれ衰退していくことは歴史が物語っています。相手の為にとる行動が、結果として相手を喜ばせることができてこそ、最高の実績となります。逆に顧客満足度が低い企業は顧客離れにつながり、いずれ倒産します。それゆえに、実績のない自由はないということになります。

 

以上、自由の三原則から考えると、法の内容や法整備云々に関わらず、私たちは「本心の自由」に従って、為に生きる社会、共存する社会を形成するよう努力していくべきではないかと思います。そのようなモラル向上こそが社会の中にある様々な問題に対しての解決への糸口ではないでしょうか?

 

しかし、私たちは行動をとる時、個人的に動くのが非常に楽なのです。個人的な行動は動くことが楽なので、よく選択しやすい行動となりますが、結果的に失敗したり、信頼がなくなり破滅に追い込まれることもあります。なぜなら個人主義はあなたはあなた、私は私という世界で、これを極端に言いますと、人との連結(信頼)を無くし、社会を崩壊させる原因となる危険性をもった考え方になってしまうからです。

 

共存の為の行動は楽ではないです。

 

「今あなたの心の中心がどこにあるのか! これが問題である。(御旨の道 信仰生活) 」

と文鮮明先生のみ言にもある通り、是非皆様も行動をとる前に自問自答してほしい。

 

常日頃から、自分たちのとる行動に責任を持ち、相手の本心を成長できる環境作りをし、相手の幸福を願う一歩が踏めるよう努力していければと願います。

 

※この内容は本部若手スタッフ独自の見解であり、W-CARP JAPANの公式見解ではありません

2012年度始まる

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4月になり、2012年度が始まりました。

W-CARP JAPAN事務局も新たな体制となり、また心を一つにして学生会員をサポートしていけるように努力していきたいと思います。

昨年度は、各大学の原理研究会(CARP)で、特色を生かしたさまざまな活動が展開されてきました。今年も、学生たちが社会に対してどのような価値を生み出していくのかが非常に楽しみです

さて、原理研究会では「統一原理」の理念に基づいた「他のために生きる」精神を持って、「奉仕活動」「文化活動」などを行っています。

 

昨年度の活動を振り返ると、

「東日本大震災」復興プロジェクト東北大学原理研究会筑波大学原理研究会など)

を展開したところや、

それぞれの地域に根差した地域交流型プロジェクト山口大学原理研究会大阪大学原理研究会など)

を展開したところもありました。

また、統一原理や統一思想を応用して、社会問題などを考える「研究活動」も行っています。昨年度は、激動する国際情勢を踏まえて、より大きな視点で研究活動に取り組んだところが多かったです。

特に、「国防」について議論するところが多かったです(早稲田原理研究会など)。

 

詳しい内容は、各大学原理研究会ブログを見ていただけたらと思います。

以下のURLをクリック

http://worldcarp.jp/blog/carp-blog-link/

W-CARP JAPAN事務局としましても、さまざまなサポートを展開していきたいと思っています。

今年度も、各大学CARPの活動にご期待下さい。

「信教の自由」シンポジウムの報告

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現在、大学では「カルト対策」と称した特定の宗教(または宗教系サークル)に対した「宗教迫害」が行われています。このような大学による宗教迫害の現状について考える「『信教の自由』シンポジウム」が3月20日、都内の施設で開催されましたので、報告していきたいと思います。

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受賞者インタビュー③K・Mさん

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受賞者インタビュー3人目です。

今回は、「優秀賞」を受賞したK・Mさん(九州大学)です。

論文名:九州大学におけるカルト対策について

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受賞者インタビュー②N・Mさん

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受賞者インタビュー2人目です。

今回は「佳作」を受賞した、N・Mさんです。

論文名:大学のカルト対策と信教の自由-岡山大学の事例を中心に―

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受賞者インタビュー①深澤孝斗さん

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先日、多くの方が注目して下さった「カルト対策」についての論文の受賞作品を発表しました。

学生たちがさまざまな視点から「カルト対策」について向き合い、素晴らしい作品が集まったと思います。

今回、論文受賞者に、受賞の率直な感想などを聞いてみました。

1人目は、「入選」を受賞した深澤孝斗さん(東北大学)です。

論文名:大学における「カルト対策」の弊害-グローバルな視点から宗教弾圧を考える-

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「マインド・コントロール」という言葉と向き合う

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最近、さまざまなメディアを通して、「洗脳」や「マインド・コントロール」という言葉をよく聞きます。

きっかけは、皆さんもよくご存じだと思いますが、ある霊能者が人気タレントのオセロ・中島知子さんを「洗脳」し、「マインド・コントロール」しているという報道がなされていることにあります。

この件に関して「洗脳」や「マインド・コントロール」という言葉が使われることに対しては疑問を感じざるを得ません。

 

そもそも、「洗脳」や「マインド・コントロール」というものは科学的な根拠のある理論ではありません。

「洗脳」というものは、物理的監禁や拷問、薬物、電気ショックを含めた強制的な方法で人の信念体系を変える手法だと言われていますが、その有効性に関しては多くの研究の中で否定されています。研究報告では、「(洗脳は)一時的な行動上の服従しかもたらさない」という結論が出ています。(参照:R・J・リフトン「思想改造の心理」)

一方、「マインド・コントロール」は、「洗脳」とは違い、身体的な拘束や拷問、薬物などを用いなくても、日常的な説得技術の積み重ねにより、しかも本人に自分がコントロールされていることを気付かせることなく、強力な影響力を発揮して個人の信念を変革させてしまう手法であると言われています。しかし、この「マインド・コントロール」理論は、アメリカの心理学会で、「科学的な裏付けを欠いている」として否定されています。また、法廷においても「マインド・コントロール」理論が認められたことはありません。極端に言うと、「マインド・コントロール」理論が成り立つならば、どんな事件でも「マインド・コントロールされていた」の一言で終わってしまう可能性もあるのです。

「マインド・コントロール」の言葉の使用に関して、宗教学者の島田裕巳氏は以下のように述べています。

洗脳は可能なのか?(アゴラ)

「洗脳ということば自体、比喩的な表現であり、実際に脳を洗うわけではない。その点で、いったい洗脳がどういったことなのかかなり曖昧な部分を含んでいるが、マインドコントロールとなるとさらに概念としての明確さに欠けている。・・・霊能者ということばに引きずられて、これをカルトやマインドコントロールの問題としてとらえるのは、実態からずれていく危険性がある。おそらくこれは、中島さんのこころの問題であり、あるいは霊能者のこころの問題なのである。」(抜粋)

このように島田氏は、あいまいな理念である「洗脳」および「マインド・コントロール」の使用についての問題点を訴えています。

「洗脳」や「マインド・コントロール」というものは、科学的に根拠のある理論ではありません。学術的に認められたことも、法廷で認められたこともありません。科学的な根拠もなく、真実を見えなくするような言葉を各メディアが発信していることは非常に憂慮する事態であると感じますが、事実として「マインド・コントロール」という言葉が日本社会で再度、氾濫していることを見ると、我々はもう一度この言葉と向き合う時を迎えていると考えます。

W-CARP JAPANにおきましても、昨年「カルト対策についての論文」を募集し、審査結果を発表しました。われわれは、「カルト」は差別的な言葉であり、レッテル張りによるいじめだと思っています。その「カルト」という言葉を支えているのが「マインド・コントロール」理論です。

今再び、メディアにこの言葉が氾濫し始めたならば、もう一度この言葉と向き合い、しっかりと議論すべきと考えます。

 

「カルト対策」についての論文審査結果の発表

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「カルト対策」についての論文受賞作品が決定!

 

2011年6月に募集した「大学における『カルト対策』についての論文」の最終審査が終わり、受賞作品が決定しましたのでご報告致します。

論文の審査に関しては、W−CARP JAPAN本部スタッフや弁護士の方などに審査して頂きました。

厳選な審査の結果、受賞作品は下記の4作品となりました。

論文の詳細や講評につきましては、論文についての特設ページを設けましたので、そちらをご覧ください。

 

 

←ブログ上にあるこのバナーをクリックすると、特設ページを見ることができます。

 

 

最優秀賞

該当作なし

 

優秀賞

「九州大学におけるカルト対策について」

 K・Mさん(九州大学)

 

入選

「大学における『カルト対策』の弊害

〜グローバルな視点から宗教弾圧を考える〜

 深澤孝斗さん(東北大学)

佳作

「大学のカルト対策と信教の自由ー岡山大学の事例を中心にー」

 N・Mさん

佳作

「『カルト』の信教の自由を考える

〜大学「カルト」対策に伴う人権侵害性とカルトの法的保護範囲を検討する〜

 中本和誉さん(愛媛大学)

 

受賞された皆さんにお祝いを申し上げるとともに、応募してくれた皆さんに御礼申し上げます。

 


MOONISM Winter号、発送しました

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大変長らくお待たせ致しました。MOONISM Winter号を発送しました。

会員の皆様をお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。

今年度の発行回数が大幅に少なくなりましたことを心からお詫び申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ではここで、誌面の紹介をさせていただきます。

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「大学の宗教迫害」

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突然ですが、今回は本を一冊紹介したいと思います。

紹介する本は「大学の宗教迫害」という本です。

「信教の自由」と「人権」という観点から、大学の「カルト対策」のあり方について問うている一冊です。

大学の宗教迫害

大学の宗教迫害

「大学の宗教迫害」

日新報道

室生忠 編著

 

 本著は、日本社会から隠蔽され続けてきた大学の「カルト対策」の実態を解明し、周知・根絶を願うジャーナリスト・室生忠氏が編集した新刊。月刊誌『財界にっぽん』に計6回にわたって掲載された連載レポートを総合した第1部と、国内外の有識者との鼎談(ていだん)やインタビュー取材をまとめた第2部の2部構成になっています。

 「真理探究の府」であるべき大学を舞台に展開するカルト対策。不当と言える人権抑圧、アカデミック・ハラスメントと言っても過言でない特定の学生サークルに対する「宗教迫害」の実態が、CARPメンバーに対する取材で赤裸々に描かれています。

 学生支援の業務内容がカルト対策に変化してきたのは、少子化問題が大学経営の不安定要素として認められ始めた頃から。イメージ・ダウンを回避しようとする大学側のリスク管理の動きが、学外活動組織との連携・協働を深めていると考えられています。

 カルト対策で用いられる論法は、定義の曖昧な「カルト論」と「マインド・コントロール理論」。両者とも学術的に確立されておらず、否定的なレッテルとして認識されています。このような「擬似科学」を大学が掲げ、アカハラの温床となっている現実。一方、「反カルト」の専門家が多数を占める日本社会で、正確な情報を得られないままカルト対策に従事しなければならない大学関係者の現状も明らかにしています。

 カルト対策に傾注する学生支援業務の現状を客観的に見つめる教科書として、本著がたくさんの方々に読まれることを願って止みません。